タグとカテゴリーの比較文化論 July 16, 2006
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現在わりと利用されているコンテンツ分類の2大アプローチとして、タグとカテゴリーを挙げることができる。 Webでは従来カテゴリーを利用したコンテンツ分類が主に利用されてきた。初期のヤフーが代表的だが、多くのブログツールもカテゴリー分類が標準機能になっていると思う。 一方のタグの方は、Web2.0のはやりとともにフォークソノミー(みんなで分類)の効果を引き出すアプローチとして急速に普及してきた。del.icio.usやflickr、technoratiなどの中核機能として利用されている。

最近、うるめねっともカテゴリーからタグに移行しようと作業しているところだが、カテゴリーとタグは境界があいまいで連続的な発想だと気づいた。カテゴリーを無数に増やしていくとタグ的になってくるし、タグの数を減らしていくとカテゴリーとあまり区別がつかなくなってくる。 あまり目くじらを立てて「カテゴリーとは○○でタグとは××である」ということを考えても仕方がなく、それぞれの特徴を対比するかたちで比較文化論としてとらえるのが分かりやすいだろう。 カテゴリーとタグの典型的な特徴を対比すると↓のような感じだろう。

[カテゴリー]

  • カテゴリーの数は比較的少ない
  • 階層化された分類になっている
  • 記事は1つのカテゴリーに属する
  • カテゴリー間の記事数は均等な方が美しい
  • カテゴリーは複数記事のサマリーのような名称になっている

[タグ]

  • タグの数は多い
  • タグ間の関係は特になく、フラットな構造になっている
  • 複数のタグの組み合わせで記事の内容を説明する
  • タグの使用回数は偏っている。やたら使われるタグと全然使われないタグが出て来る
  • タグには標準的なキーワードが使われる

カテゴリーもタグもそれぞれ派生形のようなものが多数あるだろう。僕自身も1記事を複数のカテゴリーに登録してきたので、最初から多少タグ的な運用をしてきたともいえる。 カテゴリーの方は事前に整理されたコンテンツを分かりやすく伝えるのに適していると思う。カテゴリーに前後関係をつけるとストーリーが生まれるが、本のようにコンテンツが事前に決まっているものはカテゴリー系のストーリー構成になっていると言える。

タグの方は、どちらかというと混沌としていて、ある意味「整理された」とは言えないのだが、多数の記事が続々と追加されていくようなケースでは効果を発揮する。当初考えていた分類に当てはまらない記事が出て来たときに、カテゴリーを再編成するというのはムダな作業に近いし、混乱を招くことになる。

もともとアカデミックな論文では冒頭にキーワードが付けられていることが多いが、これがタグの原型と言えるだろう。Googleで有名になった被リンクのアルゴリズムにしても、参考文献としての引用を利用した重要性判断はもともと学術論文から来ているアイディアだ。 Webは学術論文の分類技術を基礎として成り立っていると言っても良いかもしれない。日々生成される膨大な情報に効果的にたどりつく、という目的で共通しているのだろう。

One Comments

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