ブログで民主主義を勝ちとれないものか May 28, 2007
安倍与党の暴走を憂慮する記事を書いたが、前向きに改善するためのシナリオとして「ブログでもっと健全な民主主義を確立できるはずだ」と提言したい。
基本的にいまの政治危機は「投票しない人が多すぎる」ことから起こっている。
無党派層(どの政党も良いとは思っていない人たち。つまり僕らのこと)の投票率で自民が勝つか民主が勝つか決まるということはもう10年も前から言われていることだが、ずっと自民が勝ってきた。
これは「普通の人が素朴に考えれば自民が与党である状況はおかしいが、みんな無関心すぎてそのあり得ないことが起こり続けてきた」ということを表している。 これはどう考えてもバカな状況なのだから、単に世論が盛り上がってより多くの人が投票するようになれば改善に期待が持てる。 しかも、重要なポイントは素朴に考えれば自民支持はありえないという点だ。 それぐらいムチャクチャしとる。
ということは難しい政治の深読みを一切せずに、ブロガーが腹が立った政治的出来事(いっぱいある。ナントカ還元水も未解決)について単純に「これはおかしい。つぎの選挙は民主に入れて自公を降ろさざるを得ない」と書けば投票率が上がって状況を打開できるのではないか?
正直、こんな素朴なアイディアは自分自身「そううまく行くか?」と思うところもあるが、ブログの存在価値を考えるとむしろこういうシンプルなアクションが次々起こってしかるべきと思い直した。
Web2.0は玉石混淆の素材から玉を拾い上げる技術でブロゴスフィアとはアルファブロガー生成装置であるととらえられているように思うが、そういうスター発見的な人気投票システムはマスメディアの裾野をやや広げたにすぎず、本質的に新しくない。
ブログが新たに未開拓の原野をつき進めるとすれば、そこは「誰ともなく無数の人が同じことを言っている」ような領域だと思う。 そのような非人称の意見は、右とか左とかオプティミズムとかペシミズムといった抽象的なものであってはならないだろう。 そういう全てを包摂するような単一のイデオロギーを想定して現実を斬ろうとすると一歩も進めないということは、20世紀のファシズムや共産主義が多くの血をもって証明してきたはずだ。
こんな難しいことを考えないと政治も商売も何もできないかのような誤解は20世紀に捨てて行きたい。 (問題を具体的に考えないがために人類が多くの危機を抱えて時間切れ間近、というテーマにつき『問題はグローバル化ではないのだよ、愚か者』が切実な具体例を扱った簡潔な好著)
要するに、ブログは難しいことを考えずに直感的に思ったことを思ったように書くのが良い、ということだと思う。 「安部政権はヤバい」ということを一人のセミプロが懇切丁寧に書いて他の人がソーシャルブックマークに入れるよりも、800万人が「安部政権はヤバい」と素朴に書いて反対票を投じる、ということの方がよっぽど画期的で効果的なことだろう。
一部で「ブログで批判を書くな」みたいな妙なモラリズムが支持されている気配があるが、庶民が風刺精神を失ったら活力も何もあったもんじゃない。”言論の自由”(よく濫用されるが)の根本思想も本来はここにあるだろう。
突き詰めればこれは普通の民主主義のことを言ってると思う。 ブログで強靭な民主主義が産まれないものかと切実に願う。
【think】めちゃくちゃやのう…
こたろさんがいいことを書いているので、触発されてみる。 政治的無関心なおいらが……
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